『心はあなたのもとに』(村上龍著)「関与」する、などと言う男に決して「関与」してはいけない。
私が村上龍の小説に出会って30年以上経とうとしてる。そして、村上龍の小説を読むことがこんなに苦痛になるとは思いもしなかった。
もはや経済番組のホストとして経済評論家になってしまったかのような村上龍の描く恋愛とは、「ビジネス」である。村上龍は、この物語の主人公・西崎に何度も何度も「関与」という言葉を使わせる。西崎は「関与」する余地のある香奈子に(村上龍の考える)恋をする。そして、「関与」する余地のないミサキやアベマチコには恋をすることがない。「関与」する余地のないミサキに対しては「ステイ」であり、「関与」する余地のないアベマチコに対しては「損切り」をする。まるで株の売買をするかのように。そして、「関与」する余地のある香奈子には積極的に「買い」を続ける。
村上龍がこの物語の主人公・西崎に語らせる「関与」とはいったいなんなのだろうか。「相手の役に立ちたい」という思いなのかもしれない。そして、その「相手の役に立ちたい」という気持ちもまた、ビジネスの出発点である。ビジネスは必ず自分の外側の欲望から生まれる。自分が何をしたいかではなく、相手が何をしたいか、自分になにが求められているか、をとらえ、それにこたえていくことがビジネスの出発点だ。村上龍の言う「関与」もまた、それが出発点だ。自分に何が求められているかがわからない、もしくは自分に何かを求めていない、自分に関係なく様々なことを自分に相談なく勝手に決めてしまう女性たちは、西崎にとって「関与」することのできない女性であり、ゆえに恋愛は成り立たない。自分が求められていると明確にわかる女性、経済的な支援を含めて自分に何かを求めている女性、自分なしでは何事も決められない女性、それが西崎にとって「関与」することのできる女性であり、ゆえにそこに恋愛が生まれる。
経済的に援助を続ける、ということは、西崎にとって、株を買い続けることと同義である。香奈子に夢を与え、1型糖尿病という難病を患う香奈子に、それを糧に生きてほしいと西崎は願う。しかし、香奈子に夢を与えることもまた、西崎が香奈子に「買い」を続ける理由を、西崎が自分で自分を納得するためにしていることに過ぎないのではないか。そして経済的に援助することによって香奈子を支配することで香奈子をがんじがらめにして、西崎の香奈子に対する「関与」はより強固なものとなり、さらに西崎は香奈子に対する「関与」を強めていく。
「希望は必ず外側にある」と村上龍は言うけれど、希望とは外側から与えられるものではない。すなわち、「関与」する、などと言っている男から与えられるものではない。そういう「関与」する、などと言っている男から与えられるものではなく、自分で自分の外側に見つけるものが希望である。希望とは自分で見つけて自分でそれに向かって手を伸ばし、歩いていくもので、自分の外から与えられるものではない。「関与」する、などと言う男に決して「関与」してはいけないのだ。
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