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2013年7月25日 (木)

『ぼくの住まい論』(内田樹著)家というのは、いつでも帰って来れる場所、困ったときに帰ってくることができる場所。

内田樹さんは、大学の教員を退官し、自宅に道場を併設した「凱風館」を建てた。これは、その「凱風館」の成り立ちからこれからを語ったものである。

内田さんの家というものに関する考え方は、家というのは、いつでも帰って来れる場所、困ったときに帰ってくることができる場所、ということなのだと思う。だから、

「当たり前ですけれど、『退路のある』人の方が発想がずっと自由になれる。ずっと冒険的になれる。」

私たちは後ろを振り向くな、前に前に進め、と教えられてきた。しかし、よく不退転の覚悟で、というひとがいるけれど、そういうひとは余裕がない。前しか見ていないから、何かあったときにどこにも引けなくなる。そして、ニッチもサッチも立ち行かなくなる。

大災害が起きたときにも、帰る場所があるひとの方が生存率が高いそうだ。内田樹さんは、そういう場所を神戸につくった、ということなのだろう。



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