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2013年6月18日 (火)

『大事なものは見えにくい』(鷲田清一著) 大事なことは、理解することではなく、理解しようとすること。

哲学者・鷲田清一さんのエッセイ。じぶんという存在とは何なのだろう、じぶんは存在して良いのだろうか、という問いかけから始まる。

「他者にとってじぶんがなにか意味のある存在であることを身に沁みて知っていること、それがおそらくはひとがおのれの存在にプライドを感じうるための条件である。」

じぶんが大事なもの、大切なものである、と他者から認証されることによって、プライドは生まれる。どうすれば他者から認証されうるかというためには、じぶんと他者、すなわち「わたしたち」というつながりのためにじぶんが何ができるか、その寄与のあり方を絶えず模索し続けることが肝要なのだろう。他者から認証は一方的に与えられるものではなく、またじぶんはそれを与えられるにふさわしい人間であると思っていても、それはひとりよがりにすぎない。「わたしたち」というつながりこそが、じぶんを作る。

他者の関係で言えば、鷲田さんはこういうことも言っている。

「死の経験というのは、じぶんを思いの宛先としてくれていた他者がいなくなるということの経験、そう、喪失の経験なのだ、と。」

わたしはわたしの死を経験することができない。死ぬ直前までのことは経験するかもしれないが、死そのものは経験できない。わたしたちが経験するのは、じぶんを大事だと思ってくれていたひとの死である。

「わたしたち」という関係を築き上げることは、思うよりも難しい。じぶんが他者のすべてを理解することはできないし、だからまたその逆も困難であることに違いない。大事なことは、理解することではなく、理解しようとすること、である。何がわからないかを知り、わかろうとする、ということを「哲学」というのかもしれない。


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