『時の娘』(ジョセフィン・テイ著,小泉喜美子訳)「真実は時の娘」。真実を解き明かすのはタンテイの仕事である。
高等教育で世界史を習わなかった私でも、リチャード3世という人物を知っている。せむし男。甥であり2人の幼い王子たちをロンドン塔に幽閉した上で殺害し、王になった男。そして味方の裏切りにもあい哀れにも討ち死にする王。極悪人のイメージだ。しかし、それらは、シャイクスピア劇から得た知見に過ぎないことを見過ごしてはならない。
この物語の主人公であるアラン・グラント警部は怪我のため入院生活を強いられている。彼はふとしたきっかけから、イングランド王リチャード3世に興味を持つようになる。リチャード3世の肖像画(この文庫本の表紙)を観て、この人物が被告席に座るような人物ではない、と直観したからだ。刑事の勘とも言えるのだろうか。イギリスの歴史の教科書でも極悪人として語られるリチャード3世とはどんな人物だったのか。彼はキャラダインという若い有能な助手を得て、安楽椅子探偵ならぬ、寝たきり探偵が、歴史家の主観ではなく、客観的な記録をもとにリチャード3世の真の姿をつきとめていく。
昨年2012年、リチャード3世の遺骨が発見された、というニュースが飛び込んできた。彼はやはり奇形だったようだ。しかし、そうだからといって、彼が人間的に劣っていた人物であったとか、悪い人間であった、という見方をすることは、偏見であり、公正な見方でない、ということは良識をもつひとであれば、同意するだろう。
ヨーロッパには、「真実は時の娘」という諺があるそうだ。真実はその時にはわからないかもしれないが、時が経てば明らかにされる、という意味あいなのだと思う。そして、それはタンテイの仕事である、というのが、私が坂口安吾から学んだことでもある。
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