『新訳 ヒトラーとは何か』(セバスチャン・ハフナー著,瀬野文教訳)ヒトラーのしっぽが跋扈している今だからこそ、ヒトラーを知っておくべきかも。
「三十歳・無職、職歴なし」「友情とも愛情とも無縁な人生」を送っていた青年が、いかにして人類史上まれに見ない独裁者にして大量虐殺者となったのか、ナチスの興亡を同時代人として体験したジャーナリストである著者が描いている。
崩壊寸前のワイマール共和国、大衆を扇動することに才能の見出したヒトラーは、倒れ掛かっているものに最後のひと押しをする。それによりヒトラーは総統という絶対権力を得て、自分の生きている間に自分が思い描いている政治プランをすべて実現しようと決意する。すなわち、戦争とユダヤ人の絶滅、である。ヒトラーは自分の人生という短い時間の中でしか考えなかった。国家も民族も個人の人生の時間よりはより長く続いて行くものなのに、ヒトラーは自分の人生が終わった後のことなど、頭の片隅にもなかった。ヒトラーは憲法を廃し、政党を廃し、国のしくみ自体をブチ壊した。そして、後継者を育てることもしなかった。つまり、ヒトラーが死んだ後には、ドイツという国も民族もすべてなくなってしまった。
ヒトラーは念願だった戦争を始める。1939年のポーランド侵攻から1940年のフランス征服、1941年のロシア侵攻まで、またたく間にヨーロッパ大陸を制圧する。1940年のフランス征服の時点でイギリスと講和しておけば、ドイツはヨーロッパ大陸を統一できたかもしれない。しかし、ヒトラーの目的は講和=平和ではなく、戦争の継続だった。そして、1941年の冬、モスクワを陥落できなかったとき、ヒトラーはこの戦争に負けることを直観する。
そう直観して、ヒトラーは何をしたか? この時点でも講和を結ぶ機会はあった。しかし、ヒトラーはそれをしなかったばかりか、よりによってアメリカに宣戦布告をして、滅びの道を選んだのである。この戦争に勝てないのであれば、自分の人生ともにドイツという国家、民族もまた滅んでしまえ、と言わんばかりに。
自分とドイツという国、民族を滅ぼすための戦争を継続してヒトラーは何をしたのか? それは自らの念願であったユダヤ人の大量虐殺である。滅びの時間をできるだけ長引かせながら、ヒトラーはユダヤ人を殺し続けた。そんなおぞましい人間がいるのか、いや、いたのである。
ヒトラーのような人格が破綻しているような者であっても、国家権力を握ることができる、というのは私たちによって危険な教訓でもある。ヒトラーはファシストと呼ぶことがあるが、階級による支配を目指すファシストとヒトラーは違う。ヒトラーは民衆の支持を得てのし上がってきたのだ。民衆の支持を得て、ヒトラーは憲法をなくし、政党政治をなくし、国家のしくみ自体を壊して、自分の独裁体制を築いた。
残念ながら、この日本にもヒトラーのしっぽと思われるような者が跋扈している。そんな今だからこそ、ヒトラーがそのようにのし上がってきて、何をして、その結果、国や民族がどのようになってしまったのか、を知っておくべきなのかもしれない。
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