『自由とは、選び取ること』(村上龍著)目の前に立ちはだかった現実について「どうすれば良いのでしょうか」などと言っている場合ではない。
作家・村上龍による人生相談。一昔前まで、村上龍による人生相談に乗るなんて考えられもしなかったのだが、村上龍も還暦を迎えて人間が丸くなったのか。いやいや、そうではない。
最初の相談は、「給料が上がらなくて先行きが不安で結婚できない。」「マンションのローンが残っていて、自分の給料だけでは生活が厳しい。」「年金もほとんど払っておらず、就職したものの給料が低く老後が不安だ。」といったもの。
それらに対して村上龍はこう答える。それらは「目の前に立ちはだかった現実」であり、現実を目の前にして「どうすれば良いのでしょうか」と質問すること自体が「甘え」であると。悩みや葛藤は複数の選択肢の前で決断できない状態だから生まれるものであり、そういう状況でもなく、ただ現実を目の前にして「どうすれば良いのでしょうか」と聞かれても答えようがない。正論である。毅然とした態度でそういう正論を言うことができるのが村上龍である。
村上龍は、正直に「あなたの悩みはわからない」という。わかったつもりにならないのもまた、村上龍である。しかし、村上龍が以前に比べて優しくなったのは、「あなたの悩みはわからないけれども、もしあなたがこういうことを言いたいのであれば、私の場合はこうだ。」と言うようになったことだ。自分があなたの悩みがわからないのと同様に、あなたは私の答えがわからないかもしれない。それでも村上龍は「答え」を必ず出す。
「目の前に立ちはだかった現実」に「どうすれば良いのでしょうか」などと言っている場合ではない。この日本には戦争も内乱も飢餓も起きてはいないけれども、ぼーっとしていたら生き残れないのだと、村上龍は繰り返し、言い続ける。
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