『ソクラテスと朝食を 日常生活を哲学する』(ロバート・ロウランド・スミス著, 鈴木晶訳)日常を疑う・考えるから、我は存在する。
朝目覚めて、身支度をし、会社に行って、仕事をして、昼食をとり、仕事をサボり、風呂に入り、本を読み、テレビを見たり、夕食をとり、同居人と喧嘩したり、セックスしたり、そして眠りにつく。そういう日常の生活、日々の行動、行為すべてを「哲学」で語る、という本。いちいちそういうことを「哲学」していたら気の休まる暇がない、脳がフル回転して頭から湯気が出て、心臓の鼓動が高まり、寿命を縮めてしまうんじゃないかと思うけれども、哲学者というのは、そういうことを延々と考察し続けてきた。日常を疑う。疑う・考えるから、我は存在する。 「何故」という問いかけから哲学は始まる。「何故」という問いかけが人類を進歩させ続けたと言えるかもしれない。
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