『原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―』(安冨歩著)「我が国が」とは「誤解を恐れずに言うならば」などという言い回しは、嘘を誤魔化すための常套句です。
福島第一原子力発電所の事故から見えてきたもの。政府や東京電力や科学者たちの対応に著者の安冨歩さんは衝撃を受けます。そこにはあまりにも欺瞞的な言葉が溢れていたからです。
安冨さんは、まず、「名を正す」ということから語り始めます。原始力という分野は、すべてを言い換えることで成り立っています。「危険」を「安全」に、「不安」を「安心」に、「隠蔽」を「保安」に、「事故」を「事象」に、「長期的には悪影響がある」を「ただちに悪影響はない」に、「無責任」を「責任」に、彼らは言い換えます。
私たちは原子炉建屋が吹き飛ぶ映像を観ましたが、当時の官房長官だったエダノさんはそれを「爆発的事象」と呼びました。それは明らかに「爆発事故」であったのにも関わらず、です。
放射能は人体に取り込まれれば悪影響があることは明らかなのに、「ただちに悪影響はない」という言い方を私たちは何度も何度も耳にしました。自然界に自然に存在する放射能以上のものをばらまかれたことを私たちは許容する必要など何もないのですが、そういう言い方を、権威のあると思われる学者や政治家たちが口にするたび、無力感に囚われ、諦めとともに許容してしまっていたのではないでしょうか。
なぜ、原子力に関わるひとたちが、そのような欺瞞に満ちた言葉を使うのか、安富さんは、「立場」という日本特有の概念によるものだと言います。
「私は、この戦争を経て、日本社会は、人間ではなく、『立場』で構成されるようになった、と考えています。そうなると人間は、それ自身として尊重されることではなく、『立場』に立って、『義務』を果たすことによってのみ、尊重されるようになります。」
「この戦争」とは太平洋戦争のことです。戦争では自分の生の感情や思考を押し殺して、無私の貢献を強要されました。それが現代まで残って、自分の生の感情や思考を表に出さず、「立場」を明確にしてその「立場」に寄った言動こそが尊重されています。そして、「立場」こそが隠れ蓑となって、嘘の温床となっています。そこには人間がいないのだから、嘘がはびこるのかもしれません。
この本には安富さんが「東大話法」と名付けた、欺瞞に満ちた語り方の法則がいろいろと紹介されています。こういう語り方に、騙されないようにしたいものです。特に、「我が国が」とは「誤解を恐れずに言うならば」などという言い回しは、嘘を誤魔化すための常套句です。警戒しましょう。
« 『古事記巻之一 完全版 ナムジ 大國主 弐』(安彦良和作)ヤマト大乱や国譲りの物語が全く違う形で語られる。 | トップページ | 『LIAR GAME 15』(甲斐谷忍作)アキヤマが仕込んだ秘策のヒントを考えながら読み直すのが15巻の醍醐味。 »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 【安吾を読む】『木枯の酒倉から 聖なる酔つ払ひは神々の魔手に誘惑された話』「俺の行く道はいつも茨だ。茨だけれど愉快なんだ。」(2014.07.11)
- 『金融緩和の罠』(藻谷浩介・河野龍太郎・小野善康著、萱野稔人編)金融緩和より雇用を増やすことこそがデフレ脱却の道。(2014.07.10)
- 『ひとを“嫌う”ということ』(中島義道著)ひとを「嫌う」ということを自分の人生を豊かにする素材として活用すべき。(2014.07.09)
- 【安吾を読む】『街はふるさと』「ウガイをしたり、手を洗ったりして、忘れられないようなことは、私たちの生活にはないのです。」(2014.07.08)
- 『天災と日本人 寺田寅彦随筆選』(寺田寅彦著,山折哲雄編)地震や津波といった天災からこの国を守ることこそが「国防」である。(2014.07.04)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント