« 2012年の映画: ポールは日本橋を目指して歩き、松たか子は鈴木砂羽に敗北する。 | トップページ | 2012年の演劇: そのハチは聖者の首を欲しがり、結婚式場の控室には笑いが溢れる。 »

2012年12月30日 (日)

2012年の本: 社会を変えるには、計劃的に、荒ぶる神を鎮め、10年後を見据えて行動し、自分の身は自分で守ること。

2012年のふりかえり。今回は2012年にブログに書評を本です。実は「2012年に読んだ本」と言わなかったのがミソで、2012年に読んだけれど、まだブログに書評を載せていない本が40冊くらいあるのです。ブログの更新(記事数)を原則1日1回(1本)に制限しているせいもあるのですが、ストックが10週間分くらいあります。かってはブログの更新(記事数)を原則1日1回(1本)、毎日更新を守るのが厳しい時期もありましたが、何故か今は余裕綽々です。
それはとにかく、2012年にブログに書評を本からベスト5を選んでみました。(順番は順位ではなく、ブログに書評を掲載した順番です。)


『虐殺器官』(伊藤計劃著)

文庫版は黒一色の表紙に明朝体のタイトル名と著者名。著者名のケイカクのケイの字も旧字体だし、いかにもエヴァ世代の作家の作品といった装丁。この作品は、9.11後の近未来小説である。
ブレーメンの笛吹きなのか、セイレーンの歌声なのか、しかし、ひとびとを虐殺に向かわせる文法は確実に存在する。人口ピラミッドが若年層が以上に膨らんでいる(これをユース・バルジというそうだ)とき、その層の不満に火をつけるような文法が使えば、彼らはいとも簡単に虐殺に向かう恐れがある。あながち非現実なことではないのだ。


『日本の文脈』(内田樹、中沢新一著)

内田樹センセーと中沢新一さんの対談をまとめたもの。表紙は福島第一原子力発電所の写真。3.11後、日本の文脈は変わったのか。
原子力は「荒ぶる神」であり、「人知を超え、人力によっては制することのできない、理解も共感も絶した巨大な力と人間はどう『折り合って』いけるか」という問いかけに対し、「お金儲けの道具」という安易な答えに自らを納得させようとしたところに、フクシマの問題がある。私たち日本人は元来、自然という「荒ぶる神」を鎮めることに苦心してきたが、自然というものを超越した原子力という「荒ぶる神」の鎮め方を私たちは知らなかった。フクシマから放射された放射線はこの先何十年、何百年も日本の国土に残る。私たちはそれとどう『折り合って』いけるのか、その答えをいま、ここに生きている私たちは探し求めなければならない。


『2022―これから10年、活躍できる人の条件』(神田昌典著)

3.11後の日本は全く先行きが見えない状況だとも言える。しかし、神田さんは未来は予見できると言い、その根拠が、歴史は「70年毎に動く」というものだ。2011年の70年前の1941年に太平洋戦争が始まり、さらにその約70年前の1868年には明治維新が起きた。1968年も、1941年も、そして2011年も、この日本が国体からガラっと大きく転換した年だった。そして、その大転換から10年間に何が起きたかを見れば、これからの10年間で何が起きるのかが予見できる、と言う。
神田さんの未来予測への異議はあるだろう。70年周期説もツッコミどころ満載かもしれない。しかし、肝心なことは「未来を思い描きながら、自分がどう動けば良いか」をひとりひとりが考え、行動することだろう。それは「あるべき姿の自分」を思い描くのとも違う。「時代の要請」により、自分がどう動くか、である。そして、それをライフワークにしていくことである。


『人が死なない防災』(片田敏孝著)

釜石市で何故、小中学生が99.8%という驚異の生存率を達成することができたのか? それは、「津波が来たら、一刻でも早く、なりふり構わず、海から離れた高いところに逃げる」ということを、子どもたちが自律的に実践することができたからである。大きな地震が来たら、誰から指示されるのを待つのではなく、「自ら率先して」逃げる。誰かが率先して逃げだせば、大勢がそれに続いて逃げる。避難所が危険と感じたら、もっと海から遠くへ高い所に「自分で判断して」逃げる。年齢に関係なく、ひとりひとりが「自分の命は自分で守る」ことを実践できれば、生き残る可能性が高まる。行政の指示を当てにしていては生き残れないのである。


『社会を変えるには』(小熊英二著)

民主主義で最も重要なことは、「みんなで」決めることである。「みんなで」話し合って喧々諤々、腹を割って議論を重ねて、合意を形成していく。「みんなで」決めたという達成感が、自ずとその合意を尊重してようという気持ちを強めていくし、そういう気持ちができれば、「みんなで」議論して合意を形成しようという気持ち自ずと強まっていく。
私たちが国会議事堂に乗り込んで「みんなで」話し合って合意を形成することは、勿論できない。だから私たちは「代議士」を選ぶ。しかし、その「代議士」に、「あとはよろしく」と後を託してもあっけなく裏切られることは、私たちは学習した。私たちが失敗したのは、2009年に民主党政権を選んだことではなく、彼らに「あとはよろしく」と委任してしまったからだ。
そして、2012年、総選挙で自民党が圧倒的な勝利をおさめた。しかし、私たちは同じ轍を繰り返すまい。デモやネットでの発言で自分たちの意思を表明し続けよう。それが「代議士」たちの行動を後押ししたり歯止めをかけることができるはずだ。


blogram投票ボタン

人気ブログランキングへ

« 2012年の映画: ポールは日本橋を目指して歩き、松たか子は鈴木砂羽に敗北する。 | トップページ | 2012年の演劇: そのハチは聖者の首を欲しがり、結婚式場の控室には笑いが溢れる。 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

フォト

他のアカウント

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

気になる、気になる

  • ざっくばらん坊 on twitter
  • amazon
  • blogram
  • 人気ブログランキング
無料ブログはココログ