『八月の魔法使い』(石持浅海著) 事件は現場で起きているんじゃない、会議室で起きているんだ!
「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ」と主人公が叫ぶ映画があったけれど、この作品は、まったくその逆。「事件は会議室で起きている」。そして、役員会議室という密室で起きている事件を、密室の外にいるタンテイ役の主人公が、密室に入ることなく解決する、という構成は、石持浅海さんの得意とするところだ。
洗剤メーカー・オニセンの役員会議で、報告されていない「工場事故報告書」が提示さる。同じころ経営管理部員の小林拓真は、総務部の万年係長が部長に同じ報告書を突きつけるのを目撃。役員会議室では役員同士が熾烈な争いを始め、たまたま役員会議に出席し騒動に巻き込まれた、恋人の美雪から拓真へSOSが届く。拓真は恋人の美雪を闘技場と化した役員会議室から救出すべく、“存在してはいけない文書”を巡って、かっては切れ者社員だった総務部の万年係長に挑む。
面白かった。企業小説ということではないのだが、会社という組織における人間関係や暗黙の論理といった、会社勤めの身としてはありがちなことが、謎として立ち上がる。そして、主人公の前には、会社の人間関係や会社の論理が彼の前に立ちふさがるが、彼は会社の人間関係や会社の論理を逸脱することなく、この事件を解き明かそうとする。
彼の前に立ちはだかるのは、かっては切れ者社員だった総務部の万年係長。最初は万年係長という肩書に侮っていた主人公だが、トンデモナイ人物と対峙していることに気付く。そして、総務部長席の前で真剣勝負を挑むことになる。そして、たまたま総務部に来ていた「偶然」が、彼を次のステージに押し上げることになる。「偶然」はどこに転がっているかわからないが、その「偶然」を掴んだひとがステージを上げていく。これもまた、会社の論理である。
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