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2012年7月13日 (金)

『街場の読書論』(内田樹著) ネットでは創作者や創作物を殺さないように振る舞いたいもの。自戒を込めて。

内田センセーのブログ「内田樹の研究室」や各媒体への寄稿から「読書」や「表現」に関する記事をまとめたもの。前に読んだことがあるなーというものが多く、あまり読んでいて新鮮さは感じられなかった。それでも、やっぱり感銘を受けたのは「著作権棚」の章。

著作権というものは、本来、創作者の創作活動を支援し、その創作活動を享受するのを妨げないためにこそ存在すべき、ということなのだろう。しかし、実際には著作権は、創作者やそれを商いとしている企業活動の利益を保護するために利用されている。著作権は創作者やそれを商いとしている企業活動の不利益となる場合、その効力を発動させられている。ネットで創作物が無料で流通しだすと、その創作者やその創作物で商いをしている企業にお金が入ってこなくなる。だから、著作権を守れ、著作権料を払え、というのはもっともな主張のように思える。しかし、それが創作者やその創作物の享受者の楽しみを奪っているのではないだろうか。

私も一時期、ある同人誌の活動に参加していたときがある。そのとき、自主制作本を出そうという話になった。そこで問題になったのが、ある記事に歌詞が引用されていたので、本を出すのであればJASRACに許可を得なければならないのではないか、というのだ。よく小説などで歌詞を引用したとき、巻末に「JASRACの許可を得ています」という断り書きを見つけるが、果たして、非営利の活動にまでJASRACの許可を得なければならないのだろうか。結局、それが、音楽を楽しむものにとって、音楽を自由に語れない、ということにつながってしまうのではないか。

素晴らしい音楽や書物、演劇や映画などに出会ったとき、私はそれをより多くのひとに聴いてもらったり、読んでもらったり、観てもらったりしたいと思う。それらを生み出したのは創作者なのだが、それらを育てるのは、創作者ではなく、その享受者だ。しばしばネットでは創作者や創作物を頭から否定したり、心ない罵詈雑言を浴びせたり、そういう言葉がカッコ良いかのように思っているひともいるようだが、そういう姿勢は創作者や創作物を殺し、創作活動を衰退させる。結局、そういう行為は創作物を享受する楽しみを自ら奪うことになってしまう。私は、そんなのは嫌だ。

私も音楽や書物、演劇や映画などについて記事を書いてネットに載せているので、自戒を込めて。


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