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2012年6月16日 (土)

『つながりすぎた世界』(ウィリアム・H・ダビドウ著) インターネットで「過剰結合」した世界では、正のフィードバックが制御不能なまでにかかる。

インターネットにより、「世界がつながった」と言われる。世界中の情報をいつでもどこでも瞬時に得ることができるようになったと言われる。今世界中のどこかで起きていることがリアルタイムに伝達され、情報は一瞬のうちに世界中に拡散されるようになった。インターネットが普及する前には知り得なかった情報を、今や誰もが手にすることができるようになった。それはまさに、「つながりすぎた世界」だ。それは複雑に絡み合っており、もはや誰も制御できなくなっている。

つながりすぎた=「過剰結合」した世界では、正のフィードバックがまさに制御不能なまでに過剰にかかる。インターネットの世界はまさに、過剰結合した、つながりすぎた世界であり、正のフィードバックがかかりすぎる。著者は、アイスランドの経済破綻も、サブプライムローンに端を発したリーマンショックも、インターネットが原因だと指摘する。それが根本的な原因ではないにしても、それを世界中に拡散し、世界中に深刻なダメージを与えたのは、インターネットが原因だ、と言う。

インターネットによって、確かに私たちは利便性を享受することができた。いつでもどこでもつながる世界に薔薇色の未来像を描いたひとも多くいた。しかし、インターネットによって「つながりすぎ」ることによるリスクを誰も予測していなかった。いや、インターネットという熱狂に、誰もがそのリスクを直視してこなかった。誰もが利便性を放棄もしくは制限してまでそのリスクに立ち向かう冒険をしようとは思わなかった。

では、どうすれば良いのか。著者はこの本の最後にその方向性を述べている。しかし、私はあまりそれに説得力を感じなかった。システム設計や法律がつながりすぎたインターネットの過剰な正のフィードバックにブレーキ(負のフィードバック)がかけれるとは到底思えない。それよりも、インターネットを利用する私たちひとりひとりが、インターネットのそういうリスクにどう向きあい、インターネットを利用するか、をもっと真剣に考える必要があるだろう。今やインターネットも水や空気のようになくてはならないものであり、手に入るものになっているが、インターネットは水や空気とは違う。インターネットにはリスクが伴うことをもっと私たちは認識すべきだろう。

最近、北アフリカで起きた政変や震災でのソーシャルネットワークの果たしてきた役割をもって、インターネットが「革命」を起こすと喧伝されている。私はそういう流れには注意が必要だろうと思っている。それはインターネットの良い面だけを過度に強調することにつながり、インターネットのもつリスクに目をつむることになりかねないからだ。
この本からは、なんでもかんでもインターネットのせい、と言うような印象も受けかもしれないが、インターネットは悪者ではないかもしれないが、少なくとも万事すべて解決してくれる魔法のツールでも、ましてや正義の味方でもないことくらいは肝に銘じておくべきだろう。


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