『第3の案 成功者の選択』(スティーブン・R・コヴィー、ブレック・イングランド著) 冒頭で提示される、著者の大学生の息子の逸話が「第3の案」の例だと言われると、失笑するしかない。
『7つの習慣』のスティーブン・R・コヴィーの新刊書。『7つの習慣』で「触媒的な役割を果たし、力を付与し、一体化させ、最も重要なもの」と書いていた『第3の案』を掘り下げた内容になっている。
冒頭で、著者の大学生の息子の逸話が第3の案の例として語られる。
受けたい講義が満席だったが、どうしても講義を受けたかった。
→立ち見でも椅子を持ち込んででも良いから受講させるよう教授と掛け合って、講義を受けることができた。
最終テストで悪い点を取ってしまったが、悪い成績を残したくなかった。
→教授と掛け合って、自分の得意なトラック競技で標準的なスコアを取れば良い成績をあげるという言明を取り付け、楽々と達成し良い成績を残すことができた。
著者の自慢のこの息子の逸話だけ読むと、「第3の案」とは、「単なるゴリ押し」にしか思えない。私はここで読むのを止めようとも思ったが、2100円の本を途中で放棄するのは悔しいので、我慢して最後まで読むことにした。
私は、win-winという言葉が嫌いである。win-winとは、「自分の勝ち」と「あなたの勝ち」を同時に実現することを言うようだが、win-winという言葉を使うひとの頭の中にある最優先事項は、「自分の勝ち」である。つまり「自分の勝ち」が実現できないようであれば、win-winという美しい言葉はあっけなく崩壊する。「自分の勝ち」が実現できないようであれば、「相手の勝ち」など考えなくなるし、妥協は「自分の負け」であり「相手の負け」であるから、それもしたくない。「自分の負け」になりそうであれば、なりふりかまわず「自分の負け」を軽減することだけを考え、「相手の勝ち」などどうでも良くなる。むしろ、相手だけに勝たせなくないと思い、相手の足を引っ張ることだってするかもしれない。
第3の案とは、win-winという「自分の勝ち」と「相手の勝ち」という相対するものでも相容れないものでもなく、お互いが少しずつ負ける妥協でもなく、自分と相手を「我々」と思い、「我々の勝ち」を目指す、というものである。そのために、おのれを知り、相手の立場や考えを尊重し積極的にそれを求めることを提唱する。その過程においてシナジーが起き、「我々の勝ち」は「自分の勝ち」と「相手の勝ち」という二者択一では実現できなかった素晴らしい成果を達成する、という。
それは理想には違いない。しかし、同時に理想は容易に達成できるものではない。ただ、それに近づく努力をすべきではあるだろう。
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