『「IT断食」のすすめ』(遠藤功・山本孝昭著) ひとをPCの前に縛りつけるのがITではない。ひとに「行」動させる、それが真のITだろう。
この本はICT技術の普及により、私たちの仕事は便利になったかのように見えるが、実はそうではない、ということに気づかしてくれる。大量に送られてくる電子メール。自分の仕事に関係ないものまで送られてきたり、送る側も明確な目的や指示がないまま「とりあえず」という気持ちで大量に送信するし、受け取り側もこれは自分が対応すべきものではないだろうと無視できたりもする。会議の日程調整で何度も何度もメールのやりとりをしたり、だって俺はCCだからそんなメール見てないよ、ととぼけられたりする。
営業は客先に行くよりもPCの前に坐って仕事をする時間が多くなり、ネットの情報のコピペでプレゼン資料ができあがり、技術者はPCで実現不可能な設計図つくったり、設計に独創性がなくなってくる。管理職は決裁だの管理資料のメンテだのに時間を取られて、現場の意見を聞いたり、仕事をより良く改善しようと考える時間が取れなくなっている。そして、何よりも、PCの前に坐って仕事をしているフリができてしまう。つまり、今やひとり一台与えられているPCこそが、サボリの温床になっている。
なんとも耳が痛い。経営者は新しいシステムを導入すれば業績が上がると盲信しているし、システムも売り込む側も巧みにすれを経営者に信じさせようとする。しかし、システムはそれを使いこなすことができる「人」がいないとむしろ無駄な代物であり、現場を動かしているのはまさに「人」である。IT化は「人」を現場から遠ざけてしまう。日本的経営の強みである「人」と現場主義をかっての姿に戻していこう、というのがこの本の主張するところである。そのためには、PCの前から「人」を引き離して、現場に足を向けさせなければならず、それが「IT断食」という言葉に表れている。最初は禁断症状が出るかもしれないが、それを乗り越えるとかっての日本的経営の強みを取り戻せると、この本は主張する。
トヨタ生産方式では「自動化」の動の字にニンベンを付けて「自働化」と呼ぶ。これは私の思いつきだが、ITのIを横に寝かせてその下にTをつけ、その横にギョウニンベンを付けると、「行」という字になる。PCの前にひとが張り付いていなければならないのはIT化ではない。ひとに「行」動させる、それが真のICTだろう。私もITの現場にいる人間として、それを肝に銘じておきたい。
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