『摂関政治〈シリーズ 日本古代史 6〉』(古瀬奈津子著) 摂関政治の始まりと終わりとともに、日本の古代史は終わる。
「シリーズ 日本古代史」の最終巻。摂関政治の始まりと終わりとともに、日本の古代史は終わる。
摂関政治というとまず思い浮かべるのは、我が世の栄華を満月にたとえた藤原道長。私たちは誤解しがちだが、摂関家は天皇家を蔑ろにして我が世の春を謳歌したのではない。摂関家より前に幼帝が登場し、天皇家の力は弱まった。しかし天皇家はすでに格が上の存在であり、それに替わることはできない。そこで天皇家を補佐する存在として摂関家が登場する。
そして、私が今まで理解していたのは、摂関家が外戚の立場を維持できなくなったため、摂関家に代わって先の天皇による院政がそれに取って代わったという歴史認識だった。しかし、この本の見方は、院政という政治システムのしくみはすでに摂関政治により確立されており、天皇に代わって政治を摂るのが、天皇の外戚である摂関家から天皇の父親である法皇に代わったという見方である。そしてその政治システムは鎌倉幕府、室町幕府、江戸幕府と続き、薩長から軍部、自民党から民主党にまで脈々と引き継がれていく。
私が日本の古代史に惹かれるのは、この日本の国がどのようにしてできたのか、に興味があるからだ。そして、それを解き明かそうとすることは、「日本人とは何か」という根本的な問い対する答えを求めることだと思うからだ。そして、これからもその答えを求め続けていきたい。
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