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2011年12月 1日 (木)

『モダンタイムス(下)』 (伊坂幸太郎著) 自分と、今まさに自分の目の前にあるものごと、それに集中していけば自ずと道は開けていくものだ

「モダンタイムス」と言えば、チャップリンの映画を想起する。機械化された社会で、歯車のように働かされる個をチャップリンは喜劇として描いた。そして、ネット社会となった今も、仕事は細分化され、そしてその過程で良心が失われ、それが非人道的な仕事であっても、仕事だから、と淡々とこなされる。

この物語には、拷問や殺人を仕事として請け負うひとたちが登場する。私はこういう設定ははっきり言って好きではない。拷問の場面など、読みたくない。しかし、私の意など解さずに、彼らは淡々と拷問する、ひとの尊厳を奪い、ひとに肉体的にも精神的にも苦痛を与え続ける。だって、それが仕事だから。仕事だから、といって何でもやって良いかと思っているヤツには、しっぺ返しがある、それが機能している社会こそ、健全な社会だろう。

下巻は、播磨崎中学校銃乱射事件という5年前に起きた事件、そしてその事件により英雄になった永嶋丈という国会議員が登場する。あの事件の真相は? ものごとは見方によってがらっとその姿を変えるし、ものごとはいろいろなひとの思惑によりその姿を変える。歴史というものも為政者の都合のよいように書き換えられてきた。システム全体がそれを存続させるためには、事実くらい簡単に書き換えてしまう。しかし、個にとって、事実とは、目の前にある事実にしか意味がないものかもしれない。

私は、大義のためだとか言ったりするひとを全く信用できない。ひとが変えることができるのはせいぜい自分自身くらいなもので、社会を変えるだとか、国家を動かすとか、そういう大きなことは考えなくても良いと私は思う。自分と、今まさに自分の目の前にあるものごと、それに集中していけば自ずと道は開けていくものだ。例えどんな目にあっても。この物語の主人公たちのように。

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