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2011年12月12日 (月)

『三国志〈第7巻〉』(宮城谷昌光著) 宮城谷三国志は読み進むたびに新たな発見がある。面白い

宮城谷三国志の第7巻。赤壁の戦いに敗れ、呉を攻める戦力を失った曹操は、西に目を向ける。そこには馬超と韓遂が曹操を待ち受けている。一方、孫権から荊州を奪い取った劉備は、蜀を手に入れ、曹操がついに魏王となる。私たちが良く知る、三国鼎立の時代が幕を開けようとしている。

私が今まで知っていた三国志では劉備は英雄でありそれを援ける諸葛亮は名軍師であり、曹操は英雄の前に立ちはだかる悪者であり、孫権は保守的なお坊ちゃんとして描かれる。しかし、宮城谷三国志は、脚色されたものではない歴史を見つめようとしているに思える。劉備は孫権を嫌い、孫権から荊州を奪い取り、諸葛亮はほとんど目立たない。初老の域に達した曹操は後継者選びに悩み、孫権は王道を目指そうとしている。そして、文献が残っていないことについては、わからない、こうだったのではないか、という見解を述べている。

それにしても、宮城谷三国志の劉備はかなりの変人だ。目の前にあるものに、すぐ手に入れない。荊州も蜀ももっと簡単に手に入れることができたのに、それをためらい、結局時間をかけている。諸葛亮の言うことを聞かずに孫権に会いに行き、それが結局ものごとをややこしくしてしまう。劉備は劉備なりのロジックで動いているのだが、それに対して、諸葛亮は半ば諦めているようにも見える。関羽も劉備を援けるのではなく、劉備から離れて自分の正義を実現しようとしている。

宮城谷三国志は読み進むたびに新たな発見がある。面白い。

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