『真夜中のパン屋さん』(大沼紀子著) 真夜中に漂うパンの香りは魔法を持っている
『東京バンドワゴン』シリーズが好きなひとなら、この『真夜中のパン屋さん』も好きになるはず、という書店員さんのお薦めがあって読んでみた。
三軒茶屋と思われる街に真夜中だけオープンするパン屋さん。そこに、そのオーナーの義理の妹と名乗る女子高生・希実が押し掛けてくることから物語は始まる。希実はカッコウのような親をもち、その親によってあっちこっちの家に保育を押し付けられてきた雛鳥。雛鳥は行く先々の巣や学校という巣でイジメられてきた。そして、いろいろなものごとに諦め、背を向けることでそれを乗り越えようとしてきた。
パン屋を営むのは、いつも笑顔の栗林と、口の悪いパン職人の弘基。オーナーの妻はすでに亡くなっており、その意思を継いで、栗林と弘基がパン屋を始めたのだ。ひとりの女に思いを寄せていた男2人が営むパン屋。ボーイズラブ小説にも出てきそうな設定だ。
パンはひとりで食べてもみんなで食べても美味しい。立ち食いもできるし食卓を囲んでも食べれる。焼き立てのパンの香りはひとを惹きつけるものだが、このパン屋は、どこか孤独なひとたちを惹きつける香りを漂わせているようだ。カッコーの子・希実、母親から養育を拒否されようとしている小学生・こだま。思いを寄せる女性の生活を覗き見るひきこもりの脚本家・斑目。店の子にお金を持ち逃げされてホームレスになったオカマのソフィア。彼らは、こだまの母親の失踪から巻き起こされる事件によって、ちょっとだけ変わっていく。
劇的には変わらない、「ちょっとだけ」変わっていく、というのがこの物語のミソだろう。何故彼らが変わったか、というと、それは失っていた「自信」というものを、ちょっとだけ取り戻せたからだろう。パンの香りは魔法を持っている。
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