『奇想、天を動かす』(島田荘司著) 「昭和」の終わりに、「昭和」という時代そのものが償ってこなかった罪というものが浮かび上がる
島田荘司の最高傑作の1つ。所謂、消費税殺人事件である。
浅草で浮浪者風の老人が、消費税12円を請求されたことに腹を立て、店の主婦をナイフで刺殺した。だが老人は氏名すら名乗らず完全黙秘を続けている。この裏には何かがある。警視庁捜査一課の吉敷竹史は、上司の反対を押し切って、懸命に捜査を続ける。
1989年(平成元年)当時、消費税は3%だった。当初は衝動的な殺人だと思われていたものの背景に、1989年の始めに終わってしまった「昭和」という時代そのものが償ってこなかった罪というものが浮かび上がってくる。そして、明かされる奇想天外なトリック、そして、吉敷の執拗な捜査、そして謎は「昭和」という時代そのものの罪を白日のもとに晒してくれ、と懇願するように吉敷の前に現れてくる。犯人の悲しみ、そして吉敷のいだく怒りというものは、昭和という時代を生きたものは忘れてはならないと思う。残念ながら、私たちは自分たちの生きてきた時代の業というものを背負っていかなければならないのだから。
そして、吉敷はその信念によってますます自分が属する組織との対立を深め、島田作品のテーマの1つである、「冤罪」というものに立ち向かっていくことになる。吉敷モノにとってもターニングポイントになる作品でもあるが、それと引き換えに、こういう壮大なトリックは吉敷モノではあまりお目にかかることができなくなる。
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