『龍は眠る』(宮部みゆき著) デビューしたばかりの作家も、少年と同じ目線で悩みながら筆を進めたに違いない
ある嵐の夜、雑誌記者の高坂昭吾は、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた少年、稲村慎司を拾った。何となく不思議なところがあるその少年は、その道中で遭遇したある事故の真相を語り始める。「僕は超常能力者なんだ」。少年の言葉をにわかには信じられない高坂だったが、、、
宮部みゆきの初期の作品。特別な能力を持っている少年が、その能力と向き合う術を身につけていこうとする物語である。その特殊な能力を使って良いのか、使ってはいけないのか、人のために良いためであれば使っても良いのか、それでも使うべきではないのか、少年は悩む。
そしてこのモチーフは、『クロスファイア』という宮部作品につながっていく。特別な能力を持っている者が、その能力を正義のために行使することに「ためらい」を無くしたとき、悲劇は訪れる。この『龍は眠る』でも悲劇は訪れるが、そこには「ためらい」があり、ゆえに少年はギリギリの選択をし、精いっぱいにふるまおうとする。
単純な物語ではない。デビューしたばかりの作家も、少年と同じ目線で悩みながら筆を進めたに違いない。そして、あまり気づかないが、この悩みは特殊な能力をもたざる私たちにもあてはまる悩みである。自分は能力を持っておりそれを行使するのは当然だと思っているひとよりも、例えそれを持っていても「ためらい」を感じながら行使するひとの振る舞いの方が、「ためらい」がある分、ずっと相手の心に届くものだ。
« 『WORKS』(江口寿史) 私は江口寿史の描く女性のイラストが大好きである | トップページ | 『昭和歌謡大全集』(村上龍著) 日常とは、サヴァイバルである。生きる、ということは生き延びる、ということだ »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 【安吾を読む】『木枯の酒倉から 聖なる酔つ払ひは神々の魔手に誘惑された話』「俺の行く道はいつも茨だ。茨だけれど愉快なんだ。」(2014.07.11)
- 『金融緩和の罠』(藻谷浩介・河野龍太郎・小野善康著、萱野稔人編)金融緩和より雇用を増やすことこそがデフレ脱却の道。(2014.07.10)
- 『ひとを“嫌う”ということ』(中島義道著)ひとを「嫌う」ということを自分の人生を豊かにする素材として活用すべき。(2014.07.09)
- 【安吾を読む】『街はふるさと』「ウガイをしたり、手を洗ったりして、忘れられないようなことは、私たちの生活にはないのです。」(2014.07.08)
- 『天災と日本人 寺田寅彦随筆選』(寺田寅彦著,山折哲雄編)地震や津波といった天災からこの国を守ることこそが「国防」である。(2014.07.04)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント