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2011年10月17日 (月)

『空へ向かう花』 (小路幸也著) 子供たちを「救う」ことなど、大人たちにはできないのかもしれない。大人たちにできるのはただ「見守る」ことであり、「今できること」をすることだ

小学六年生のハルは、ビルの屋上から飛び降り自殺しようとしていた。その姿を見つけた同じ小学六年生のカホは、それを思いとどまらせる。「こっへ、おいで」と。その少年は、半年前にカホの親友を殺してしまった少年だった。

幼いころに父親から虐待を受け、母親にも捨てられ、おじいちゃんと二人暮らしのカホ。「どうしようもないことって、起こるんだって、わたしは知ってるから。」そんな科白が小学六年生の女の子の口から出ること自体、悲しい。そして、過失とはいえ女の子を殺してしまった少年ハル。亡くなった女の子の親から多額の賠償金を要求されたハルの両親は現実逃避してハルの育児を放棄している状態だ。そんなふたりが、亡くなってしまった女の子を挟んで向き合っていく。

そして、彼らには、親ではないが彼らを見守る大人がついている。カホにはキッペイさんが、ハルにはイザさんが。この物語は、子供たちがその心に負った深い傷を乗り越えて行けるのか、ということと同時に、それに大人たちがどうかかわっていけるのか、という物語でもある。子供たちを「救う」ことなど、大人たちにはできないのかもしれない。大人たちにできるのはただ「見守る」ことであり、「今できること」をすることだ。

子供たちは、「贖罪」をこめて、ビルの屋上に庭園を造り始める。いずれは取り壊されてしまうかもしれないビル。それでも子供たちは亡くなった女の子が好きだった花を植えずにはいられなかった。大人たちはその子供たちの気持ちを支えることしかできない。でも、それで良いじゃないか。「今できること」をすることだ。


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