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2011年10月18日 (火)

『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ: 原子力を受け入れた日本』 (田口ランディ著) 原子力爆弾により原子力の恐怖を知りながら、なぜ日本人は日本列島に原子力発電所を作り続けたのか。歴史から学ぶべきことが多い

日本はこの世界で唯一、原子力爆弾により一般市民が無差別に殺戮された国である。アメリカは広島と長崎に、事前に通告することなく原子力爆弾を投下した。戦時下では倫理というものは通用しないのかもしれない。戦争においてはより強力な武器を使うことは許されるのかもしれない。それでも、著者が主張するように、日本はアメリカや国際社会に対し、アメリカの原子力爆弾の使用は「戦争時においてすら倫理から逸脱した行為であった」 とはっきりと主張するべきだろう。

序盤で語られる、アメリカが何故原子力爆弾を日本に対して使うに至ったかという分析も腑に落ちる。もともと対ナチス兵器として開発された原子力爆弾が、ナチスが降伏した後に日本に使われたのか。多くのアメリカ人は、戦争を終わらせるため、アメリカ人も日本人もこれ以上の死者を出さないため、原子力爆弾の使用は正当だったと考えているようだが、原子力爆弾が使用されるにいたった経緯を、アメリカ人も日本人ももっと知ろうとするべきだろう。

この本は、世界で唯一、原子力爆弾によって被害を受けた日本が、原子力の恐怖を知りながら日本列島に原子力発電所を作り続けたのか、という疑問から始まる。よく、原子爆弾(兵器としての原子力エネルギー)と原子力発電(平和利用される原子力エネルギー)は別物、という説明を私たちはされてきたが、どうして日本人はそういう論調に合意していったのか、この本を読んで腑に落ちた。日本人はアメリカのような豊かさを渇望していた時代があり、その渇望が原子力エネルギーという、いあわば毒まんじゅうを食らってしまった。

私はそれはしかたないと思う。アメリカのように豊かになりたかった、その時代のひとたちの思いを私は否定することができない。今、日本は脱原子力発電に舵を切ろうとしているが、脱原子力発電は一朝一夕に実現できるものではない。歴史から学ぶべきことは多い。時代の雰囲気に流されないことだ。

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