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2011年9月30日 (金)

『他者と死者―ラカンによるレヴィナス』(内田樹著) 「何が言いたいのかよくわからない」からこそ、私たちは本を読む

ラカンとレヴィナス。私は2人とも、その著作を読んだことがないが、2人とも難解なことがウリな思想家らしい。内田センセーも「まえがき」で告白しているとおり、「彼らがほんとうは何を言いたいのか,私にはよく分からない」。つまり、「何が言いたいのかよくわからない」からこそ、ラカンとレヴィナスも読まれているのだろう。そして、内田センセーは、この難解なものどうしを重ね合わせて、「なるほど、この二人は『そういう関係』だったのか、と不意に腑に落ちた」。「腑に落ちた」というのは直観かもしれないが、直観は得てして当たるものである。そういう勘所をつかめるのは流石なのだろう。

最初から書いてあることはすべてお見通しな本など、たぶん、何の意味も成さない。「何が言いたいのかよくわからない」からこそ、そこに渇望が生まれる。そして、私たちができることは、「彼らがほんとうは何を言いたいのかわからないが、私はこう思う」ということを、その相手に伝わるように言うことである。

私はラカンもレヴィナスもわからないし、内田センセーがこの本に書かれていることもハッキリ言って「よくわからない」。ただ、内田センセーが格闘していたことだけは伝わってきた。


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