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2011年9月29日 (木)

『レヴィナスと愛の現象学』(内田樹著) 「哲学とは常に他者を目指している言説である。」 だから、対話する他者=「師」が必要なのだろう

内田センセーによるレヴィナス3部作の第一弾。しかし、私は今後もレヴィナスの著書を読む予定は今のところない。したがって、私はこの本の想定されている読者ではない。内田センセー曰く、それは他人の手紙をのぞき見るようなもの、なのだろうが、まあ、私の時間だ。どう使おうが良いだろう。

最近は、アルファブロガー氏が「師は詐欺師の師」などと訳のわからない言葉で内田センセーを非難しようとしているようだ。そのひとは、自転車が乗れるようになるのに師はいらない、師なんかいなくても自分で何でもできるもん、と言ってる。自分は自己完結しているから、師など要らない、というのが某アルファブロガー氏の言い分なのだろう。

今は何でもググれば情報が入ってくる時代。私たちは時に「グーグル先生」などと揶揄して言うのは言うが、「グーグル」を師と仰がない。「グーグル」の弟子などと自称するひとがもしいたとしたら、私はそのひととはお近づきにはなりたくない。そして、同時に、ググれて回答が得られることは「学び」とは言わない。せいぜい、カンニングができる程度である。

「哲学とは常に他者を目指している言説である。」とはレヴィナスの言葉だ。哲学とは単純な現象を複雑に語ることではなく、複雑な現象を単純な言葉で語ることである。そして、その言葉は他者に向けられるものではくてはならない。その言葉が他者を巡ってぐるりと自分に返ってくる。それが対話であり、それが哲学というものなのかもしれない。

唯一無二の師を持っことは、それによって唯一無二の自分を浮き上がらせることなのだろう。そして、師など要らない、と言っている人は、対話は要らない、と思っているひとなのだろう。アルファブロガー氏は何万アクセスがあっても、その言葉は他人に語りかけるふりをしながら、対話など望んでいないのかもしれない。

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