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2011年8月18日 (木)

『美男へのレッスン(下)』 (橋本治著) とにかく、生きていくうちは「善き」ことを積み重ねる。それが「美男」へのただひとつの道である

下巻は、『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンから始まる。かって、日本で美男の代名詞ともなっていたフランスの男優だ。下層階級や貧困からの脱却、その渇望が美しさの源だった。そして、階級も貧困もない日本には、その渇望がない。

そのあとに続くのが、日本の『太陽の季節』の弟・石原裕次郎と「若大将」加山雄三。かって日本では長身であることが美しいとは思われなかったのに、戦後にそれがガラッと変わっていく。マッカーサーと昭和天皇が並んでいる写真が、価値観をガラッと変えてしまったのかもしれない。そうして、頭が小さく、下半身だけが肥大した男が増えていく。

さらに、マイケル・ジャクソンという架空の人物へとつながっていく。マイケル・ジャクソンという架空の人物は自らを醜い黒人から美しい白人へと改造してしまう。男は本来、「本来の自分」というものを求めない。男には「あるべき自分」があっても「本来の自分」などというものはない、というのが橋本治の論である。マイケル・ジャクソンという架空の人物は、「本来の自分」という幻想を「あるべき自分」にしてしまった。それがマイケル・ジャクソンという架空の人物の混乱である。

自己啓発書などでは、「あるべき自分」というものがたびたび語られる。「あるべき自分」という”ゴール”に向かって努力すべきだと、自己啓発書は言う。しかし、橋本治は、「あるべき自分」は”スタートライン”だと言う。「あるべき自分」は”ゴール”ではない。「あるべき自分」という”スタートライン”に立ってからが始まりなのだと。そして、”スタートライン”に立つまでは「善」を積み重ねていくしかない、とも言う。

「積善」=「美」であると。橋本治にしてはあまりに真っ直ぐなものの言いようだ。「積善」に耐え抜いたものこそが「美男」であると。あまり耐え過ぎると「ブ男」になってしまう危険があるが。とにかく、生きていくうちは「善き」ことを積み重ねる。それが「美男」へのただひとつの道である。

美男へのレッスン(下) (中公文庫)Book美男へのレッスン(下) (中公文庫)

著者:橋本 治
販売元:中央公論新社
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