『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来』(ジョン・キム著) 正パノプティコン社会だろうが、逆パノプティコン社会だろうが、どっちの社会にも、私は希望を持つことができない
はっきり言って、この本は、表紙に偽りあり、である。
この本の表紙を見ると、「逆パノプティコン社会の到来」とでがでかと書かれているが、著者が「逆パノプティコン社会の到来」について言及しているのは、「はじめに」と「結びにかえて」だけであり、ほとんど具体的なことはなにも言っていない。また、タイトルの小さい文字で「ウィキリークスからフェイスブック革命まで」とあるが、ページのほとんどは、ウィキリークスの動向についての記事である。この本の出版直前にジャスミン革命やエジプトでの政変があったため、フェイスブック革命についても着けたし程度に書かれている。
パノプティコンとは聞きなれない言葉だが、日本語に訳すと「全展望監視システム」。all「すべてを」(pan-)observe「みる」 (-opticon)という意味。イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムが設計した刑務所などの構想であり、看守塔が中央にあり、看守塔を取り囲むように囚人たちの牢獄が円形に配置される。中央にある看守塔からは囚人たちが丸見えで、例えば中央政府による監視社会の例えとしてよく使われる。
この本の10ページ目にパノプティコンのデザイン図があり、今までは看守塔に政府がいるイメージだったが、立場が逆転しつつある、というのが、「逆パノプティコン社会」というのだろうと思われるのだが、私はそのイメージがピンとこなかった。その私のイメージを覆してくれるような内容を期待していたのだが、それも違うようだった。
この本から受ける印象では、監視塔にいるのは、私たちではなく、ウィキリークスである。しかも、監視塔にいるウィキリークスは、「もし我々に危害を加えようとするならば、お前たち(政府や企業など)の秘密を暴露するぞ」と脅迫するすることで、監視塔を築き居座ることができている。監視塔に政府や企業がいようが、ウィキリークスがいようが、正パノプティコン社会だろうが、逆パノプティコン社会だろうが、そういう状況が作り出す未来に、私は希望を持つことができない。
![]() | ![]() | ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 (ディスカヴァー携書)
著者:ジョン・キム |
それにしても、表紙に「ジョン・キムのハーバード講義」とあるが、この本はハーバード大学での講義内容をまとめたものでもなさそうだ。その点でもこの本は表紙に偽りあり、である。
最近の本は、なんでもかんでも「ハーバード」だとか「スタンフォード」だとかアメリカの大学の名前を冠したものが多い。そうすることによって本は売れるかもしれないが、内容も表紙に負けないものを提供してほしいものだ。
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