『競争の作法 いかに働き、投資するか』(齊藤誠著) 先立つものがなければ幸せはつかみ難いが、しかし捏造された経済成長は豊かさすらもらたさない
この本の面白いところは、「豊かになっても、幸福になるわけではない」という、誰もが感じたこの矛盾を、経済学という立場から解き明かしているところだ。
私たち日本人は、経済成長こそが、私たちの生活を豊かにし、私たちを幸福にする、と考えて働いてきた。しかし、2002年から2007年にかけて、日本経済は「戦後最大の景気回復」を遂げたはずなのに、私たちの生活がより良くなったという実感がわかなかった。
著者は、この「戦後最大の景気回復」は捏造された架空の経済成長であるという、そのでっちあげられたメカニズムを解き明かしていく。
また、2008年のリーマンショック以前に、もはや日本経済はズタズタになっていたことを指摘し、何でもかんでもリーマンショックのせいにする、昨今の風潮に釘を指している。
私がガクゼンとしたのは、10人に1人とか9人に1人が失業したとされる2007年から2008年頃にかけて、では人件費は10%改善されたのか、と言えば、ほとんどそうなっていなかった、ということだ。失業したのは立場の弱い若い非正規社員たちだけだったので、人件費の改善にはまったく効果がなかったのだという。結局、高給をもらっている経営層、年配のひとたちが保護された状態でのリストラだったので、生産性の改善には全く寄与しなかったということが明らかになった。
「戦後最大の景気回復」は、10%の経済成長を成し遂げたはずなのに、雇用は1.3%しか増えていない。企業は儲けたお金を内部留保を増やしたり、設備投資に回すことに使ってしまい、雇用は増えなかった。むしろ、非正規社員の削減を行った。
「戦後最大の景気回復」には、「過去最高益を更新した」だとか、「生産量が世界一になった」だとか、「会社の資産価値が○○億」だとか、そういう景気の良いヘッドラインが新聞やニュースで見聞きしたが、私たちの生活が良くなったという実感は全くなかった。何故か、というと、「過去最高益」だとか、「生産量が世界一」だとか、「会社の資産価値」だとか、そういうものが、虚しい目標でしかなかったからだ。その目標が私たちの生活を良くするのかどうか、という観点で立てられたものではなかったからに他ならない。
捏造された景気回復は、結局は日本が外国に安く買いたたかれただけで、日本に住む私たちはそれを享受できなかった。今、開国、開国、と言われているが、日本が外国に安く買いたたかれる、という状況は幕末や敗戦よりもヒドイ状況になっている。
私もデフレ論に踊らされたひとりなのだが、デフレ論者は、日本銀行が悪い、市場にお金をばらまけば景気は良くなる、としか言わない。しかし、今さら犯人探しをしても状況は好転するはずもなく、今の状況で市場にお金をばらまいても、現状のように「幸せ」という実感がなければ(将来も「幸せ」が期待できると思えなければ)、私たちはそのお金を貯め込むだけで使わないだろう。
豊かさは幸福の基礎だと私は思う。綺麗事を言えないのは申し訳ないが、先立つものがなければ、幸福はつかめない。そのためには、経済成長は必要であるが、しかし経済成長を捏造してもどうしようもない。
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著者は、最後に坂口安吾の『堕落論』を引用している。お仕着せの価値観ではなく、私たちひとりひとりが価値観を再構築しなくてはならない時代に、私たちは生きている。
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