『荒野―12歳ぼくの小さな黒猫ちゃん』(桜庭一樹著) なんとも少女マンガっぽい展開なのだが、そこからなかなか”恋”というものに進まないのがこの作品の妙
桜庭一樹のライトノベルっぽい作品の主人公の少女は、名前がちょっと変わっている。この物語の少女の名前は”荒野”。物語の中にも出てくるが、五木寛之の『青年は荒野をめざす』という作品がこの物語の根底にあるようだ。(もっとも、私はこの作品を読んだことがないので、知らない。)
中学入学のその日、通学中の電車で荒野は見知らぬ少年に窮地を救ってもらう。そして、彼は彼女のクラスメイトであった。そして、なんと彼は彼女の父親の再婚相手の息子だった。
なんとも少女マンガっぽい展開なのだが、そこからなかなか”恋”というものに進まないのが、桜庭一樹らしいといえばそうだ。”恋”というものがわからない少女は、”恋”というものに憧れるのではなく、”恋”とは何ぞや、という方向に歩みだす。
ひとつには、彼女が”接触恐怖症”ということがあるかもしれない。早くに母親を亡くし、風変わりな父親のもとで育った彼女は、恐らくあまり触られて育ってこなかったのではなかろうか。こういう子は人との距離の取り方がよくわからない。こういう子を見ていると切なくなる。
また、この作品の舞台が”鎌倉”というのもミソだろう。鎌倉という古くて、黒くて長い髪に和服が似合う街。まさしく、荒野という少女のために用意された舞台のようでもある。
この作品は単行本では1冊だが、文庫だと3冊になるようだ。次は14歳の荒野に会える。彼女がこれからどのように成長していくのか、今から楽しみだ。また、荒野に旅立って行った少年は戻ってくるのか、これもまた楽しみである。
荒野―12歳ぼくの小さな黒猫ちゃん (文春文庫)
著者:桜庭 一樹 |
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