『ゴールデンスランバー』(伊坂幸太郎著) ”逃げる”ことは負けではない。”逃げる”こともまた戦いなのだ
文庫で678ページの大作なので、読むのに1週間かかってしまったが、伊坂幸太郎の最高傑作とも言ってよい作品。この作品は映画化されており、実は映画を先に観ていた。主人公の青柳が堺雅人、彼の元恋人の樋口が竹内結子というすばらしいキャスティングで、小説を読んでいても、つい彼らの声や表情を思い浮かべてしまった。
物語は、仙台でのパレード中に首相が爆殺されることから始まる。そして、その犯人として濡れ衣を着せられた男。何がなんだか状況を理解できぬまま、彼は逃げ始める。「おまえ、オズワルドにされるぞ」という古い友人の声。ケネディ大統領の単独暗殺犯だとされ、闇から闇に葬られた男。
日本ではそんなことは起こり得ない、と思うだろうか。国家という巨大な組織が、善良な一市民を陥れるようなことがあるのだろうか。しかし、残念ながら、国家は一市民を守るために存在するのではない。国家は国家という巨大な組織を維持するために行動するものだ。そのことを日本人は忘れがちだ。愛国、テロの防止という名のもとに、街中に監視カメラが溢れ、個人の通信が盗聴される。それはお隣の国の話ではない。この国の話なのだ。
この物語は、最初、主人公を登場させない。主人公がどう報道されていたか、そしてその報道を受けてひとびとが主人公に対し何を感じ何を思っていたかが語られる。お上が都合よく垂れ流す情報を、ろくに検証することもなく、怪しい、怪しいと騒ぎ立てるマスコミ。警察の末端の捜査員たちも、犯人は彼だ、という号令のもと、あまり疑いもせずに彼を追跡する。首相暗殺という異常事態においては街中で発砲することも厭わなくなる。すべてはお国のため、に踊らされているのだ。
巨大な敵に急に襲われたらどうすれば良いか? 巨大な敵の前では、一個人の力はあまりに小さい。それでも玉砕覚悟で真正面から突進していくべきか。義憤だとか正義のために、そうすべきだろうか。
そうなれば、この主人公のように、”逃げる”しかない。逃げ切れるかどうかわからないが、とにかく”逃げる”しかない。逃げちゃだめだ、なんて言ってられないのである。どんなにかっこわるくても、とにかく”逃げる”。
”逃げる”ことは負けではない。”逃げる”こともまた戦いなのだ。
![]() | ![]() | ゴールデンスランバー (新潮文庫)
著者:伊坂 幸太郎 |
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