『乳と卵』(川上未映子著) ”失われしまったなにか”は、実は一度も手に入れたものではなかったりする
「日本文学の風景を一夜にして変えてしまった、芥川賞受賞作」という謳い文句につられて読んでみた。
乳と卵(らん)というタイトルから、まったく女性向けの作品と思われるのだが、まったく、そのとおりだった。最初は火星語か、と思えるくらい、読みずらい文体。支離滅裂な感じを受けた。
これは、豊胸手術に取りつかれた母と、その母と言葉を交わすことを拒絶して筆談するようになった娘の話である。語り手は、その母の妹。
乳は母の担当である。豊かな胸というのは、母にとって”失われてしまったなにか”である。しかし、母はかって豊かな胸をもっていたわけではない。つまり、”失われてしまったなにか”は、最初から持っていなかったものである。持っていなかったものは失うはずはないはずだが、しかし、”失われてしまったなにか”をかかえているのである。
卵は娘の担当である。卵とは卵子のこと。卵子の”子”は精子とペアにするための言い方なので、卵(らん)である。娘は、自分の中で増殖(本当は減っているのだが)している卵と向き合って生きている。娘の前には無限の時間が横たわっているように見えて、その先にあるのは豊胸手術に取りつかれた母の姿である。
この物語が、「日本文学の風景を一夜にして変えてしまった」のかどうか、私にはわからない。そもそも、私には「日本文学の風景」なるものがいかなるものなのか、よくわからない。しかし、この文庫本の薄さは、カフカの『変身』やカミュの『異邦人』を思わせる。この薄い文庫本が、「日本文学の風景を一夜にして変えてしまった」のならば、たいしたものだ、と言わざるをえない。
![]() | ![]() | 乳と卵(らん) (文春文庫)
著者:川上 未映子 |
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