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2010年8月28日 (土)

『倭人伝を読みなおす』(森浩一著) 倭人伝を、邪馬台国はどこにあったのかではなく、「倭人」伝として読みなおそう

表紙の謳い文句がすごい。

「邪馬台国がどこにあったかとか卑弥呼とはどんな女王だったかだけに関心をもつ人は、本書を読まないほうがよかろう。というより読んでほしくないのである。」

なかなか「読んでほしくない」なととは言えないものだが、これまで、魏志の中でも「倭人伝」しか”つまみ読み”されていなかったものを”読み直す”という趣旨から、先制パンチを打つことで予防線を張ったのだろう。”読み直す”という観点からか、この本は、帯方郡(朝鮮半島中西部)から始まって、朝鮮半島をくだり、対馬、壱岐、そして九州北部へと上陸する展開は、興味をそそられるままに読み進められた。

邪馬台国はどこにあったのか。九州だ、畿内だ、いや瀬戸内海沿岸のどこかだ、いやいや東北だなどと、邪馬台国論争は今もなお続いている。とかく倭人伝といえば邪馬台国はどこにあったのか、ということだけが注目され、また、国体や地元に都合がよいように、「倭人伝」が読まれてきたことは、まぎれもないことだと思う。
冒頭で、奈良県桜井市にある纏向(まきむく)遺跡が卑弥呼の墓ではないか、と言われている話題に触れているが、無理やり邪馬台国畿内説を裏付けようとする動きをけん制している。我田引水的な論調には注意した方が良いだろう。

この本で目からウロコだった点が3つある。
ひとつ目は、これが、「倭国」伝ではなく、「倭人」であることだ。この当時、倭国というものはなかった。女王国の連合国家であった、という点。そして、それが帯方郡の力をバックに成り立っていたという視点である。
2つ目は、張政という人物の存在である。私はこの人物について知らなかったのだが、大陸から遣わされた人物が倭国連合の争いを治めるのに一役かったと言う。そして、この人物によって、倭国動乱の責任をとらされて、卑弥呼が自決したとも言っている。
3つ目は、「倭人伝」の前半と後半は、それにもとづく記述の年代のズレがある、という点だ。前半が女王国で卑弥呼が支配していた時代、後半が卑弥呼の死後に九州を追われた邪馬台国の記述だと言うのだ。

邪馬台国がどこにあったのか。しかし、倭人伝にみる邪馬台国の記述は以外にも少ない。そして、その消息が伝えられていないことを考えると、邪馬台国はそんなに大きな国ではなかったのかもしれないし、九州北部にあったものが、卑弥呼の死後に九州を追われたのかもしれない。

しかし、だからといって、邪馬台国が東征し、ヤマト政権を作ったとみるのは、あまりにも飛躍している。この結論には正直に言ってガッカリした。日本の古代史を解き明かすには、多少は夢とロマンが必要だろうが、タンテイの眼に徹することが求められる。著者は、「考古学は地域に勇気をあたえる」と言って喝采を浴びたそうだが、その言葉が、歴史の真相を見誤るリスクを持っていることに思い当たるべきである。地元の活性化や国体の維持のために、日本の古代史を都合よく解釈することは、昭和の時代でやめにしてもらいたい。

私は、邪馬台国→倭国→ヤマト政権を一貫したものとみる史観には疑問を持つ。それは、神話の時代からこの国を支配してきたというヤマト政権の、手前勝手な史観だからだ。昭和が終わり、21世紀の世になっても、その呪縛から、多くの歴史家は逃れられずにいるように思える。

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著者:森 浩一
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