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2010年8月19日 (木)

『若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)』(内田 樹、石川 康宏著) 『非の打ちどころばかり』の生身の人間こそが、社会をよりよくしていく。マルクスの見方が変わる本

この本は、若き日(20代)のマルクスの著書について、内田樹センセーと、石川康宏センセーの往復書簡をまとめたものである。
まず石川センセーが学者らしい解説をひととおり行い、内田センセーがマルクスの「聴かせどころ」をピックアップして現代の日本の若者に訴える、というスタイルを取っている。

『共産党宣言』の有名なフレーズ「万国のプロレタリア団結せよ!」に至るまでの文脈を内田センセーが解説する部分などは、ビビっときます。隣のひとに手を差し伸べて「頑張ろうね」というマルクスが可愛く思えてきます。

というか、こういう文脈でマルクスを読む、というのは内田センセー以外にあまりいないと思いますが。

『ユダヤ人問題によせて』。ナチスにユダヤ人迫害の大義名分を与えてしまったマルクスの著書ですが、内田センセーはマルクスよ、間違ってるぞ、と怒る。

「社会の悪(障害や罪や抑圧)は、ある特殊な社会的領域・特殊な社会的立場に集約されているので、それさえ取り除けば、社会はよくなるというのは、悪いけれど、耳に快い『お話』にすぎません。」@内田樹

この部分は、激しく同意する。私は暴力革命を絶対に肯定しない。上手くいかないことを社会のせいにしてしまうのは、自分がその社会と関わりがあることを否定することだ。

「社会の悪は、社会全体に瀰漫(びまん)している。その社会の全構成員が、それぞれの仕方で、それぞれに社会を『悪くする』動きに加担している。」@内田樹

悪を善に読み替えてみればわかる。社会を良くするも悪くするも、ひとりひとりが”何を為し、どう為すか”次第だ。

「『邪悪なものの根絶』という目的そのものは非の打ちどころなく立派ですけれど、その目的を実現するために実際に働くのは『非の打ちどころばかり』の生身の人間です。」@内田樹

”非の打ちどころない”立派な思想は、ときに強制収容所や、粛清や、ホロコーストを生み出す。立派な思想よりも、わたしたちひとりひとりが”何を為し、どう為すか”の積み重ねこそが、社会をよりよくしていく道である。

そういう意味で、マルクスが誤解されている最大の不幸は、その思想がスターリンの粛清やポル・ポトの虐殺や、暴力革命などと関連づけられてしまうことだろう。大義名分はときにひとを愚行に走らせる。

『非の打ちどころばかり』の生身の人間こそが、社会をよりよくしていくのであり、マルクスが言いたかったことも、まさにこの一点であるかのように思える。

とにかく、この本は、マルクスという思想家について、新たな地平を見せてくれる試みである。続編にも期待しよう。なにしろ、まだ、かの『資本論』まで辿り着いていないのだから。

若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)Book若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)

著者:内田 樹,石川 康宏
販売元:かもがわ出版
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