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2009年10月14日 (水)

「ふつうの幸せ」に答えはあるか

雑誌「AERA」の2009年10月04日号に、『「ふつうの幸せ」に答えはあるか 勝間和代×香山リカ 激論2時間』という記事があった。

勝間さんの「香山さん、家事は好きですか?」で始まる対談。この時点で、勝間さんが自分のペースに持ち込もうとしているのがわかる。上手いなあ。

対談は終始、香山さんが勝間さんを攻める展開なのだが、勝間さんは余裕を持って受け流しているように感じる。
それは、香山さんの言う<勝間和代>が、勝間和代さん自身でないことを勝間さんが見きったからだろう。完全に対談のペースは勝間さんが握っていた。


「ふつうの幸せ」といっても、ではなにが”ふつうの”幸せなのか、今やそれは”わからない”時代になっているのだと私は思う。
それ故に、若者は”自分らしい”幸せを探し求めようとする。そして、それが、若者を苦しめているように感じる。
”自分らしさ””自分探し”というのはゆとり教育のキーワードのようなものだが、私は”自分はそんな特別な存在ではない”くらいに思うのがちょうどいいと思う。

”断る力”が身に着くまでは、とにかく、その場その場で自分に与えられる仕事に真剣に取り組むべきだ。”そんなの自分の仕事じゃない”と思ってししまうと、”自分の仕事”は永遠にめぐってこない。

私は、不幸になりたくて不幸になるひとはいないと思う。ひとはなんだかんだと言いながら、自然に自分を幸せな方に幸せな方に向かわせる力を自ら持っていると思う。
だから、私は無理をしてまで特別な努力をする必要はないと思う。

世の中、自分の思いのままにならないのが当たり前なのだ。(世の中、自分の思い通りになるというのは子どもの発想でしょう?)
努力すると、少しは自分の思いのままになるかもしれないので、努力はすべきだけれども、それは”なるかもしれない”なので、”なればラッキー”くらいに思うくらいがちょうど良い。

そして、自分の努力に対して自分で”成果主義”を持ち込むことは危険である。例え頑張っていても、”できなくて当たり前。できたらラッキー”くらいに思うくらいがちょうど良い。自分で”成果主義”を持ち込んで、自分で自分を否定する必要はどこにも、ない。


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コメント

TITLE: Re:「ふつうの幸せ」に答えはあるか
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おっしゃるとおり。

これ、まだ読んでないので、早く本屋行かなきゃ。

最近の若い人(といっても10くらい年下の人だけど)見ていると、「探しすぎ」ている気がする。

自分にピッタリ合うパートナーを探す。

完璧な仕事のノウハウを探す。

やり甲斐のある仕事を探す。

結果、一歩も先に進まない。

ひとまず出会ったものから選び取り自らを投入していくことをしないでいつまで〜も探しつづける彼らは、大きな失敗もないかわりに学びがない。だから進歩しないし、マンネリで不満が溜まり、文句ばっかり言っている。

とりあえずそれが何であれ、自分の全てを注ぎ込め、話はそれからだ、と言いたい。

全てを注いでだめでも、次の出会いから新たに選び取ればよいというのが、真にしがみつかない生き方であって、ピッタリのものがみつからないからその場から動かないのは、なんだろ…現状維持にしがみつく生き方?

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