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2009年9月23日 (水)

共生虫

『共生虫』
村上 龍 (著)
講談社文庫

ひきこもりの青年が、インターネットに接続することで”覚醒”する物語。

お仕着せの希望を本能的に受け付けられず、しかし、何が幸福なのかが見つけられない。

インターネットに希望があるかと言われれば、そうとも言えない。顔が見えないだけに自意識過剰になりやすく、自分が選ばれし人間であるという勘違いを生みやすい。

自分にとって何が希望なのか、自分にとって何が幸福なのか、それを見つけられることこそ、そのひとの才能であり、それに目覚めたときに初めて、希望だとか幸福を見つけることができる。

それに近道はないし、既成のものにそれがあるとは限らない。誰もそれを教えてはくれないのだ。それは自分で見つけるしかない。


共生虫


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