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2008年8月 4日 (月)

会津藩VS薩摩藩

『会津藩VS薩摩藩』
星 亮一 (著)
ベスト新書

果たして著者は、この本のはじめとおわりに書いているように、薩摩を仲介とした会津と長州の和解を本気で考えているのであろうか?
もし、そうであるならば、まず、自らが偏った歴史観を捨てることだ。

この本はあまりにも会津びいきでありすぎる。郷土愛は結構だが、小説ではなく、新書でこのような本を上梓するのであれば、歴史を見る目はフェアでなくてはならない。

ちょっとトイレ、といって難を逃れた長州の桂小五郎を逃げ足の速い小心者と言っておきながら、鳥羽・伏見の戦いにおいて兵を見捨てて真っ先に江戸に逃げ帰った松平容保を卑怯者と言わない。
松平容保を”政治的に純粋”と評するが、それはすなわち、”政治的に無能”であるのと同じではないか。
また、同じ日本人どうしなのに、と長州の非常な戦後処理を非難するが、当時は幕藩体制であり、当時の日本に日本人という意識がいかほどあったのだろうか?藩が違えば、そこは異国であり、異国は怖いから、戦争で勝ったら、完膚なきまでに潰しておかないと安心できないだろう。会津は長州にとって、もっとも恐れていた敵であったのだから、なおさらだ。

何故、会津が朝敵となり攻め滅ぼされたのか?長州のせい?それだけでは、歴史は未来につながらない。会津にも滅びる理由があったのだし、それをつきつめることをしない限り、長州憎し、の域を出ることは困難だ。

歴史を見る目は広く、公平でなくてはならない。会津・薩摩・長州という視点だけで幕末という時代を語るのは視界が狭くはないだろうか。また、オラが会津、オラが薩摩、オラが長州、という見方では、交流もなにも始まらないだろう。


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